髪形を変えてみる

古来巫女さんには髪を切らず伸ばすならわしがあります、髪には気が宿るといわれているからです。フラダンスのダンサーも切らないようなことを何かで読んだことがあります。仏門に入ったりするとき髪をそり落としてしまいのも煩悩を断ち切るためですね。

髪形を変えるだけでも運勢は確実に上向くそうです。たしかに思い切って髪形を変えてみたらお化粧も衣装も変わり新しい自分に変身できた、などと言ったお話もよくあることです。お化粧や持ち物だけ変えてもこうはいきません、髪形ってけっこう大きな影響を与えるものなのですね。

もっとも男の場合はせいぜい頭を丸めてみるくらいでしょうか、しかしこういった場合は「反省をこめて」などといった場合が多くはありませんか。さて、そんな人生を楽しく自信をもって生きるための髪です、お手入れには気をつけたいところです。

サラリーマンをやっていたころ中途で入社したO君という少しとぼけた男がいました。彼はフケ症であり上司からたびたび注意されていました「お前は朝晩必ずシャンプーをすること」そんな指示などを受けていました。食品業界を相手にする会社ですから「不潔」な人間は致命的です、上司も本人のことを真剣に心配をしていたようでした。

O君も多分毎日ゴシゴシ洗髪を欠かさなかったのだと思います、しかし彼は1年もたたないうちに退職をしてしまいました、理由はよくわかりませんがフケは相変わらずでありました。こんなことをかくのも先日あるシャンプーの広告にあった「界面活性剤」の記述を読み思うところがあったからです。

曰く「洗いすぎは禁物」頭皮を覆う皮脂が洗剤で流されすぎると頭皮は乾燥状態となるため、皮脂腺から必要以上の皮脂が分泌されてしまうとのこと。結局これがフケや臭いの原因となるのでシャンプーだけでなく石鹸で毎日体をゴシゴシこするのもやめるべしとのことでした。

ちなみに調べてみると皮脂腺が多い箇所は、頭皮、顔、胸、背中、腕、脚の順でした。洗髪はお湯ですすぐだけでも頭皮や髪の汚れは充分落ちるのだそうです。また体についても浴槽にゆっくり浸かるだけで汚れや脂はお湯に溶け出しわざわざ毎日洗い必要もないのだそうです。

こんな習慣を変えてみるだけで運もよくなればなおいいのですが。

社会人生活の始まりは、借金生活の始まりでもありました

「おおた」という苗字は太田が多いのではないでしょうか、大田さんにはあまりお目にかかったことがありません。しかし大田区は太田区とは書かきませんね、大森と蒲田を合わせたらしいよ、本当かどうかはわかりませんがそんな由来を聞いてなるほどと思ったことがありました。僕が社会人になって初めて通勤した地がその大田区の蒲田でした。蒲田駅東口を出て川崎方面に線路に沿って5分ほどある雑居ビルの1階にあった小さな事務所まで約2年通ったのです。

そんなころ、蒲田駅ビルの中にあった洋服屋さんで僕は生まれて初めてローンを組んで買い物をしました。セーターを一着だけ買うつもりで入ったのですが、調子のよい店員さんの口車に乗せられて、あれよあれよとパンツやブルゾン、シャツにセーターを押し付けられたのです。ローンなど当時の僕には怖いものでしたが根がお人好しなこともあり10万円を超える買い物をしてしまったのです。ローンなど借金と同じではないですか、おまけにこんなにたくさんの服など必要もありません、しばらくの間後悔したものでした。

でも商品そのものは僕の好みにまさにピッタリで、とても気に入りました。今でも同じものがあれば手に入れたいくらいです。当時は西口に丸井がありました、「赤いカード」でステレオを購入したのもこの頃です。社会人生活のスタートは「借金人生」のスタートでもあったのですね。当時は京浜急行線の大森町のアパートを借りていましたのですが踏切のそばにあり、電車が通過するたびに部屋も揺れるのでせっかく買ったばかりのステレオでレコードを聴いていてもそのたびに針が飛び閉口したものです。

生活は贅沢も節約もせず毎月の給料の中で納まりましたが貯金は1円もありません、給料日までに何とかギリギリしのぐような毎日でした。そして24歳の時だったでしょうか、初めて「アコム」さんにお世話になりました、ついに「サラ金デビュー」ですね。たしか1万円ほど借りたと記憶しております、こんなに簡単に貸してくれるのかと驚きもしました。それから2年間にわたりちょくちょくと、新たに手にした「赤いカード」にはたいへんお世話になりました。

その後27歳で会社から追放されたのですが借入れ残高は25万円くらい残っていたと思います。会社からはさんざん詰められ、結局退職日付は5月27日とされました、「おまえになんか6月の賞与は出さねえよ」なんでしょう。その年の6月末日、大学時代から続いた東京暮らしに別れを告げ荷物をまとめ実家に戻りました。アコムの借金はその後振り込まれてきたわずかな退職金で一括清算しました。

新たな人生を送りたいといった決意がそうさせたのではありません、父親になぜかバレてしまい叱責されたからです。いい年をしてこんなみじめなことはありませんでした。しかし、それ以来は幸いなことにサラ金にはお世話になったことはありません。