今は室内飼育が上回る時代

近所を歩いていると親子連れとすれ違い、そのすれ違いざま幼稚園くらいの女の子が「こんにちはー」と、とても元気よく挨拶してくれました。強制されるわけでもなくしっかりと挨拶することが当たり前のようになっているのでしょうね。

「こんにちは」僕も大きな声で応じましたが本当に気持ちがよかった。そして立派なご両親なんだな、などと少しうらやましくもなったりしました。子犬を連れていましたが、僕はまったく興味がないので種類などはわかりません、しかしすべて彼女のおかげで、こいつさえ利口そうに見えたりしました。

しかし犬といえば、買い物の行き帰りなどよくワンワン、ギャンギャン鳴き声は聞こえてきますが、その姿を見ることはありません。もう庭先で犬小屋で飼う時代ではないのでしょう、ぼくは気がかりなことがあると、納得がいくまで調べてしまうほうなので、帰宅するとワンちゃんについて、あれこれ検索してしばらく時間を過ごしたのでした。

屋内飼育と屋外、これを比較すると今では犬の待遇は逆転したようです。食べ物なんか特にそうで、昔は「残飯」が飼い犬の主食でした、ごはんに余りモノのおかず、そして味噌汁を上からぶっかける、これを洗面器のような器に盛られるのが彼らの定食でした。

そして昔の犬、昔と言っても20年から30年前は飼い犬とはいっても犬小屋で鎖につながれた彼らには「獰猛」さがありました。僕など大昔、子供の頃は野良犬がまだウロウロしていた時代、「見知らぬ犬には近づいてはいけません」などと言われたことを思えば、犬と人間の関係はほんとうに変わりました。

人間がいいように変えてしまったのかもしれません。いまではここ日本では野良犬など見かけることはありません。行政の対応の充実もあるのでしょうが、人間様に仕えなければ生きていけない彼らを思うと不憫にもなります。

いろいろ検索して感じたことを書きましたが、室内で飼われるようになればなったで、ペットも関節炎や肥満など飼育環境の変化からくるリスクも考えてやらなければならないようです。老後の介護なんかもあるようですね。かれらも家族の一員です、温かく見守ってやってほしいですね。

名古屋打ち

「スペースインベーダー」と何気なく検索したら、往年の名作ゲームも今はただで手軽に楽しめるらしくしばらく遊んでみました。なつかしいのですが、やっぱりどうせやるのなら本物がいいですね。

インベーターが流行ったのは僕が高校を卒業したころ、卒業後は都内の大学に進学をしたのですがその時には人気は「爆発的」になっていました。当時は今とは違い駅前商店街には普通に喫茶店があった時代です、そしてその頃はどの店に入ってもインベーダーが置かれており皆100円玉を用意しては黙々と挑んでいたものです。

大学に入るといろいろな連中と知り合いましたがその中に阿部君というあまり目立たぬ男がいたのですが、こいつがインベーダーの名人で、こいつが座るとその台のハイスコアが更新されていくのです。その手さばきは見事なものでした、しかし「すごいね」などとは言っても、夢中になっている本人や画面を見ても何も面白くはありません。

当時はやはりみんな普通にタバコを吸っていました、僕もショートホープを30本くらい毎日プカプカしていたのですが、ひと箱180円(ショートホープは10本入りだったので90円)の時代です、たかがゲームに100円使うのも度を過ぎれば浪費であることは承知していたので、本当は遊びたかったのですがいつもがまんをしていました。

そして、どこかにカネでも落ちはいないかといつも下ばかり見て歩いていました。インベーダーに話を戻すとその阿部君の戦法は「地獄打ち」と本人もいっていましたが一般的には「名古屋打ち」で通っているようですね。

なんで名古屋なのかわかりませんが実に合理的な戦法でしたね、この戦法のキーポイントは何といってもUFOを確実に300点で撃ち落とすこと、それにはたしか一発目のUFOは二十何発目でねらい、それ以降は15発目くらいで確実に仕留める技術が求められました。

僕もなんだかんだ言ってよく練習したものでしたので、当時はそこそこのスコアも出せたかと思いますが、いまはどうかというと懐かしさに満足したらもう飽きてしまいました。しかしなんで名古屋打ちというのでしょうか。

そしてそういえば、来週用があって栄まで行くのですが伏見に向かって5分ほど歩くと松屋さんがあり、その近所にある喫茶店では奥で占いを行っています。ここがまたよく当たると評判らしいのです。

5年ほど前の話ですがやはり名古屋のスナックで飲んでいるとマスターが趣味で占いをやっているらしく僕の性格を占ってくれました、パソコンになにやらカタカタ打ってから印刷されたのはホロスコープとかいう星占いのチャートのようなものでした。

マスターはそれを見ながら見事に僕の正体を暴きました。占いおそるべし!名古屋に行くたびにこの時のことを思い出します。名古屋で占い、いかがですか。

平間のおじさん

川崎に行ったついでに南武線に乗り平間で下車し、久しぶりにかつて暮らしたこの町を歩いてみた。踏切を渡りコンビニの先の細い道を右に折れ、さらに奥に向かって歩いて行ったところにあった、学生寮のような作りのおんぼろのアパートを僕は借りていたのである。

ここを訪れてみたのももう30年ぶり、町はすっかり変わってしまった、それは30年もたったので当たり前のことだ。そしてかつて暮らしたそのアパートのあたりに行ってみたがもちろんそんな建物は残っているはずもなく、どのあたりにあったのかもわからない、ただ道だけは多分変わらなく残っていた。

銭湯もなくなってしまったし、よく利用したホカ弁のお店もない、踏切近くにあった床屋もない。この町ではたしか2年ほど過ごしただけである、過ごした毎日のことなどあまり記憶にはないがこうして歩いた商店街のことやよく通ったラーメン屋さんなど風景は妙に覚えていたりするので、まだ営業されている店などを発見するとうれしくなったりした。

あのころよく商店街を犬を連れて歩いていたおじさんがいた、そのおじさんを「ちょんまげら」といった居酒屋で見かけたことがある。僕は酔っぱらっていたので「こんにちは」と挨拶をするとおじさんも僕のことは顔見知りだったようで「そうかそうか」と気前よくご馳走してくれた。

聞くとおじさんの本職は獣医さん、犬猫病院の先生をしているとのこと。しかし景気はさっぱり、近々閉めようかと思っている、そんな話を聞かされたことをよく覚えている。ペットを飼う習慣は古くからのものであっても、病院にまで連れていく飼い主は多くはなかった時代だった。

それが今やペット産業は一兆円産業ともいわれペットを取り巻く環境はまったく変わってしまった、犬猫病院にしても今ではアニマルクリニックである、医療設備だって人間様並み、定期検診まである時代である。

ちなみに川崎市の動物病院を調べてみるとこんなにたくさんの病院が営業をされている。年を考えればあのおじさんはもう現役ではないだろうが、その後病院はどうされたのだろう。そんなことが妙に気なったりした。