源泉かけ流し

「源泉かけ流し大森の湯」にしばらく浸かって過ごした。ここの湯は温度計を見ると42度、たぶん温泉の中では熱いほうの仲間に入るのではないか。僕は熱い湯を好むので最近泊まった宿ではいつも物足りなさを感じていた。それだけにこりゃいいわ、と思たりしたのだか情けない話のぼせてしまった。往年の頃は2時間くらい過ごさねば温泉に浸かった気はしなかったのだが、これも体力の衰えなのか。小さな水風呂があったので腰までつかってみたが冷たくしびれとても入れない、よく平気でザブザブ浸かっているオヤジがいるがあんな真似はとてもできない。

しばらくぼんやり洗い場の椅子に腰かけ出入りするおっさんたちを見ていると手提げのついたカゴの中にシャンプーやリンス、それからクリーらしきものを詰め込み持参して入ってきたオヤジがいた。冴えない普通のおやじである、腹もみっともないくらい出っ張っている。若い衆ならまだわからないでもないがなにがシャンプーだこの、と思ったりした。泡が激しく湧き出している風呂ではどこの国から来たのか赤ら顔の外人のおやじが鋭い目をして入っている、わりと小柄だが体毛がすごい。頭は金髪なので胸毛も白っぽい。

たまたまレーザー脱毛の話を読んだばかりだったのだが、レーザーの場合組織を破壊させるのだがその際、黒い色に反応させるため白髪は脱毛ができないそうである。また極端な日焼けをした肌にも同様に効果がないらしい。このオヤジは脱毛などする気はないのだろうが全身コースでも選択すれば、いったい幾らくらいかかるのであろう。それからやっぱり禿げたオヤジは相対的に体毛が濃いように見えるがこれについてはいかがなものだろう。そんな目で観察すると背中に毛が生えた人、ケツ一面毛に覆われたオヤジなど体毛についても濃い人は本当に濃い。

脱毛に走る男が増えているようである、たしかに見栄えはあまりいいものではないな、などと思ったりした。ちなみに僕は幸いなことに薄いほうです。

人気の秘密

ぼんやりテレビを見ていたらムダ毛が嫌いな男の日常が取り上げられていた、ひげ剃りのような、ムダ毛シェーバーとでもいうのかをジージーいわせながら腕、脚しれに胸の毛の処理に余念がない。その様子がたぶん潔癖症なのだろう、執拗というか病的であり気味が悪かった。一日何回もこういった行為を繰り返すのである、しかし見た目は特別毛深い体質にも見えない。とにかくちょっとでも顔を出されるのが嫌で嫌でしょうがないらしい。

むかしだったらワキ毛を剃る男などいなかったが、今はそうでもない。とくに夏場を迎え、肌を露出させる機会の多い季節になるとなおさらであろう。また脱毛に限らずメンズ美容市場は増加の一途と聞く、脱毛市場も700億円のうち男性客相手は150億円にも及ぶとのこと。男の脱毛とは毛深さをコンプレックスにされた方がこっそり行うものであったはずだ。いやむしろ胸毛など、男らしさの象徴などともてはやされたものではなかったか。

こういった価値観の変化に絡むのはやはり女性の存在である。女性は身だしなみとしてムダ毛を処理することがごく当たり前となっている、女性の立場から見れば伸び放題となっている男性の体毛はただ不快なものとしか映らないのかもしれない。またそういったことが女性の方から言える世の中になったのであろう。いつの時代になっても男性は女性の気を引きたいと思って生きている、男もいつしか体毛をムダ毛として認識し始めた背景にはこんな事情があるのかもしれない。

しかし実際にヒゲなどを脱毛してしまうと本当にラクなのだそうです。また面白かったのが、スネや腕の剛毛がなくなったおかげで、ファッションが楽しめるようになったといた話ではなく、陰部をすっきりさせたところ、本当に快適な毎日を過ごせるようになったといった声が実に多いことでしょうか。このVIOライン脱毛はとくに人気があるそうです(人気の秘密はこちらに詳しく解説されています)、気になるようでしたらあなたもひとついかがでしょうか。

たかがペット

ペットの死から立ち直れない人をペットロスというらしい。長年生活を共にしてきたペットである、それは悲しいであろう。ただ悲しみに暮れて会社を休んだりすると話は変わってくる、「たかがペットでいったいなんだ」このたかがペット、と無神経に浴びせられた一言が神経を逆なでするらしい。愛犬を亡くした飼い主の悲しみ、それは深いもの、簡単にわかりますなどとは言えない。しかし2日も休まれればたしかに「変人」とみなす気持ちもよくわかる。

「あいつ犬が死んだ、といってもう2日も会社に来てねえぞ」となるのである。特にサラリーマンはこの手の事件が好きである。陰でコソコソここだけの話だけど、などと言いながらあいつもおかしいよな、などと言っては日ごろのうっぷんを晴らすのである。ペットに話を戻すと愛犬が亡くなったら行政への届け出が必要となる、窓口はこちらに詳しく書いてある。処分というのも酷であるがそれなりに扱ってくれるはずである。

僕はペットなど全く縁のない生活をしている。動物は嫌いではないがペットという習慣は嫌いである、ちなみに動物園も嫌いだ。いくら愛情をこめてなどと言っても、生き物をオモチャにしたり見世物にすることが理解できない。それから動物を飼いたくないという人の理由に、「別れがつらいから」がある。鶴は千年亀は万年などと言っても犬やネコの寿命はいいとこ15年、いずれ見送らなければならないし逆にひとり暮らしの人間など先に本人が逝ってしまえばペットも困るわけである。

一度辛い別れを経験するともう二度と飼いたくない、となる人も多いのであろう。しかしこれは今までペットと過ごしてきた素晴らしい毎日を否定することである、といった見方があることを知った。この考えは僕にもわかるような気がする。ペットだけではない、人間はもちろん生き物はやがて死ぬのである、失った悲しみは消えないのであろう、しかし一緒に過ごした毎日だって消えないのである。

トリミングサロン

最近は犬を飼う人が減ったのかな、などと思っていたがなんてことはない、今は外で飼う時代ではなく室内で飼う時代なのだとか。犬小屋など遺物のようになってしまったのかもしれない。どうやって調べたのかわからないが、日本国内で飼育さてているペットの数は2000万弱と言われている。この数字が多いのが少ないのかはわからないが、ここ数年の傾向を見るとネコは横ばい、犬は減少気味とのこと。

隣町に犬好きの友人がいて最近いいトリミングサロンがないかあちこち探しているところだと言う。トリミングサロン、聞いたこともなくなんだそれはと尋ねるとペットの毛を切ったり整えたりしてくれるところらしい。犬も床屋に行くのか、と聞けば床屋というよりは美容院、サロンでありマッサージもあればアロマテラピー、爪切りに肌のお手入れなどなどもあるという。贅沢極まりないわけだ。

しかし、そんなことをして本当に犬は喜ぶのだろうか。よく利用するショッピングモールの奥にはペットコーナーがある、ペットには興味がないだけでなく、水槽のような小さな見世物小屋に入れられた子犬などを見ると、かわいそうでならない。だからなるべく見ないようにしているのだが、まるでオモチャではないか。生き物になんてことを、などと思っても犬だけ被害にあっているわけではない。

金魚など鑑賞要として作り出されたものだし、動物ではないが、盆栽だって同じようなものだろう。ペットも昔に比べれば、ずいぶん長生きをするようになったというが、子犬のうちは無邪気でかわいい、しかしそのうちに飽きられたりはしないのだろうか。愛犬家の話はよく聞くが無責任な連中だっているはずだ。ペットのことをいろいろ調べると、室内飼育が増えたおかげでペットの関節病が増えているらしい。

フローリングの床が悪いという。そして関節に良いとされるサプリメントまで販売されているわけである。人間と犬が共存する時代とか言われているが、人間にとって都合よく扱えるように改良されているようで、やっぱりかわいそうである。